
あらゆる組織には、その組織なりの目標や理想がある。人はそれを目指して努力するのであろうか。一般的には正しいとされているが、それが幻想であることは多くの人は気づいている。人間は“理想”といったような、遠くて目に見えないもののためには努力しづらいのである。では、何をよすがとして人は日々努力するのであろうか。それは“人”である。理想や目標を体現する人のために、多くの人は従い、努力するのである。そして、理想や教育目標を体現する職員が数多くいる施設は、利用者が「もう一度来たい」と思うような魅力を感じることは間違いない。
?Cプログラム条件
コンビニエンス・ストアが全盛期である。大都会ならずとも、今やどんな小さな町にも必ずといっていいほどコンビニエンス・ストアがあるのを見かける。アメリカからこの形態の商店が移入された時は、こんなに当たるとはだれも想像しなかったと思う。しかし、アメリカが本社であった日本初のコンビニエンス・ストアのチェーン店は、アメリカの本社を逆に買い取ってしまい、また、日本の大手スーパー系のコンビニエンス・ストアのチェーンは、本社より業績を延ばし、本社の経営を助けている。
プログラム条件と見出しを掲げているのにいささか奇異に映るかもしれないが、この事例に学ぶべきヒントがあると思う。コンビニエンス・ストアがヒットした理由はいくつかあるが、消費者ニーズの徹底した調査による効率的な多品目少量販売があげられる。つまりは、「そこに行けば私の欲しい物がある」という願いを必ずかなえてくれるという点である。コンビニエンス・ストアは、古くから日本にあった小売業の伝統を受け継いでいるという側面からも、消費者に受け入れられやすい側面があった。それは“雑貨屋”である。
青年の家全体としては、それぞれの立地や特色をより生かした取り組みをめざすことが必要であろうが、一方では、今後ますます増えていくであろう小グループや家族単位の利用にも対応可能な機能を備えることも必要であろう。また、セカンドスクール的な利用など、長期滞在型にも対応することも視野に入れる必要がある。これらさまざまな状況に対処するためには、どうしても多彩な活動プログラムを整えることが必要になってくる。むろん、ただ数をそろえれば良いというわけではないが、少数精鋭などという言い回しは、数をそろえられなかったことへの苦しい言い逃れでしかないということを、あえて申し上げたい。現在の活動プログラムのみで満足しているようでは、とうてい改革などはできはしない。
社会教育の特徴の一つに、学習内容が極めて個別的であり、成就の水準も個別的であるということがある。換言すると、個人の求めに応じた学習内容が必要であるということである。これを青年の家の利用にあてはめると、多彩なプログラムを利用者の求めに応じて提供できるということになる。この場合、プログラムの量的な側面を充たすとともに、時間面では、対応可能なものは24時間でも…という意気込みが欲しいところである。
?D運営条件
以上の?@〜?Cの条件を体系的・有機的に生かしていくのが施設の運営である。?@〜?Cのすべてが高水準でそろっているという施設はおそらく稀であろうが、不足している部分をうまく他
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